第10章 青年期の発達:アイデンティティの形成
10-1. 青年期の始まりと心身の変化
終わりについては様々な見方があり、単純に年齢で区切ることは難しい
青年期の終わりは「大人になること」ということであり、どのような状態を「大人」と考えるかによっても、その時期が異なってくる
最近の定義では概ね12歳前後から20代くらいまでとすることが多い(子安, 2011)
この時期には身体の急激な成長、性的な成熟、男女差の増大という3つの大きな変化が生じる(佐藤, 2014)
身体の急激な成長
人生にはこのような身体的成長のピークが2度ある
出生~2歳頃: 平均約50cmで生まれた乳児が生後1年で約1.5倍, 2年間で約1.8倍となる
男子は12歳前後、女子は10歳前後に慎重の伸びのピークが現れている(文部科学省, 2015)
発達加速現象: 思春期の成長変化がその前の世代よりも低年齢で出現するようになる現象 身長や初潮年齢などは2000年以降横ばい傾向になっており(文部科学省, 2015; 日野林ら, 2013)加速現象は一段落したとみられる
性的な成熟
生殖機能の発現によっていわゆる第二次性徴が生じる
その結果として男女による違いがはっきりする
男女差の増大
すべての青年に共通して起こるものだが、その時期や進み方には大きな個人差がある
第二次性徴は第三者から見てわかる変化であることも多く、このような変化をどう感じるかが青年の心理状態や健康状態に影響を及ぼすことがある
中学生を対象とした上長(2007b)の調査
性の成熟による身体の変化を受容できないと、身体に対する不満が高まり、抑うつにつながりやすいという
性的成熟に対しては男子より女子のほうが否定的に反応している
女子の否定的反応は自分の身体に対する不適切な意識へとつながり、健康障害や摂食障害に至る可能性も指摘されている(上長, 2007a, →第15章 発達と環境:文化の影響) 10-2. 心理的離乳と第二反抗期:青年期は疾風怒濤の時期か?
10-2-1. 親から離れる
親からの精神的な自立
思春期・青年期に見られる、自立・自律へと向かうこうした動きは心理的離乳(Hollingworth, 1928)、脱衛星化(Ausubel, 1954)、第2の分離―個体化(Blos, 1962)などと呼ばれる 葛藤や反抗
大人になるための必要なプロセスとして考えられてきた
10-2-2. 第二反抗期とその意義
第二反抗期: 周囲の大人に対する批判的、反抗的傾向が強い 第二反抗期は「私」を確立するプロセスで生じる現象と考えられている
青年の反抗や葛藤が持つ意味
親に対する依存や甘えがその基盤にある
反抗や葛藤は人間が他者に依存しながら自立・自律していく存在であることを示す
親子関係や家族関係の進展と変革
親から心理的に分離した子どもは、それまでとは異なる視点で親を見ることができるようになる
青年期後期以降、新たな相互性を持った親子関係を築くようになる(White et al., 1983)
10-2-3. 親子関係が変化している?
近年の調査は親との良好な関係を築きながら自立・自律していく青年が存在することを示している
中学生を対象とした深谷(2005)の調査では、親とうまくいっているとする回答が多く、第二反抗期的な険悪な親子関係ではなく仲の良い親子関係が見られることが報告されている
内閣府の小学生(高学年)・中学生を対象とした調査でも、2006年時点の調査より2014年の方が家族とおしゃべりする時間が増えるとともに、親に対する信頼感もましており、親子関係が良好になりつつあることが示されている
白井(1997)は青年の親との反抗や葛藤を家族システムの適合性という視点から見ることを提唱
単なる青年の心理的な問題と見るのではなく,親と子供の相互作用の結果とみなし、親側の姿勢や対応の変化、さらにそのときの社会的状況の影響を含めて広い視点で捉えていく必要があることを指摘
10-2-4. 重要な他者の移行:親子関係から友人関係へ
重要な他者: 人間にとって、心の拠り所となり、また何らかの意思決定を行わなければならない局面で依拠しようとする他者のこと(Sullivan, 1953) 重要な他者となりうる対象は成長に伴って変化する
幼い頃は殆どの場合親や養育者
青年期に入ると親との関係性の見直しが始まり、その過程で友人が重要な役割を果たすようになっていう
松井(1990)は友人関係が青年の社会化に及ぼす機能として以下の3点をあげている
社会的スキルの学習
友人関係を通して社会的スキルを学習する
安定化機能
緊張や不安・孤独などの否定的勘定を緩和
モデル機能
自己の行動や自己認知のモデル
青年の友人関係にも時代とともに変化が見られる
ベネッセ教育総合研究所の行った調査(2009)によると2004年の調査に比べて①よく一緒に遊ぶ友人の数、②悩み事を相談できる友人の数、いずれも増えており、特にこの傾向は男子で顕著となっている
最近の青年の友人関係の特徴として「希薄化」が指摘されることも多いが、岡田(2007)はいろいろな場面や用途に応じて友人を使い分けている結果としてそのように見えるのではないかと論じている
ソーシャルメディアの登場
国際的に見ると日本の青年の友人関係に対する満足感・安心感は相対的に低いものとなっている
土井(2008; 2009)は現代の若者の友人関係を、対立の回避を最優先するものとして「優しい関係」と読んでいる
衝突を避けるために高度で繊細な気配りをせざるを得ない
阻害されないよう話題を合わせたり、与えられたキャラを演じたりする傾向もあることが指摘されている
友達グループをランク化するスクール・カーストという見方も提示されている(本田, 2011; 森口, 2007) 10-3. アイデンティティの模索
10-3-1. エリクソンの心理社会的発達課題
エリクソン(Erikson, 1950)は各年齢段階にその時期特有の危機があり、それをその都度乗り越えていくことで、自己が生涯にわたって漸成的に形成されていくとした 心理社会的危機: 生物学的に規定されているだけでなく、社会との関わりの中でもたらされる危機 成功した状態と失敗した状態という対立図式で表した
具体的には自分は何がしたいかわからない、途方にくれるなど
エリクソンによるアイデンティティの達成
自己の多面性を含めつつも、自分はこの世に立った一人しかいない存在である
現実の社会集団に所属して、自他ともに受け入れられている
現在・過去・未来という時間の中で自分が連続している
自己の一貫性と時間の連続性の感覚を持っている
エリクソンが青年期を特徴づけるものとして提唱した概念
もともと経済用語で債務の支払いを一定期間猶予すること
青年期を社会的な責任・義務から免除された、アイデンティティを確立するための猶予期間として捉えた
10-3-2. アイデンティティを測定する
エリクソンの記述から取り上げたアイデンティティの達成の基準
危機: 自分の生き方について悩むなど、実際に危機に直面したか
積極的関与(コミットメント, 傾倒): 人生の重要な領域に積極的に関与したか
危機: 経験した
積極的関与: している
危機: その最中
積極的関与: しようとしている
危機: 経験していない
積極的関与: している
危機: 経験前と経験後
積極的関与: していない
青年のアイデンティティについて研究が進められた
おおむね年齢が進むに連れてアイデンティティを達成する人が増えること(Marcia, 1966)、その経路には個別性・多様性があることが指摘されている
大学卒業時点で達成できている人は4割り程度という報告もある(Waterman et al., 1974)
アイデンティティの確立は青年期のみの課題ではなくなってきていることが示唆
最近ではエリクソンのアイデンティティの概念を再検討し、測定する尺度も開発された(中間ら, 2015; 谷, 2001)
10-3-3. アイデンティティ研究のその後の展開